「宇宙人の侵略!」の10年後

近くの県道の造成で立退きを要請された70歳の父(農夫)、65歳の母、長女40歳出戻り、長男35歳、次女33歳の一家が、周りの自分の農地を有刺鉄線で囲み、入口にはバリケードを作って自宅に立て籠もった。10年前の話である。夜中に猟銃を撃ったり、納屋を放火するなど騒ぎが大きくなり、遂に警察が突入してみたら、家族は皆口を揃えて「宇宙人からの侵略を受けている。近所の人皆宇宙人が乗り移っている。県が作ろうとしているのは宇宙船の着陸基地だ」と言うので、お鉢がこっちに回って来た。僕が引き受けたのは母と長男。入院直後母は「宇宙人に毒ガスでやられた、苦しい」と騒いだが、喘息の発作であることが分かり、その後は問題なし。長男は高卒後の引きこもりではあったが、入院後は宇宙人の話はなかったので、2人とも1か月で措置解除とし、同様にすぐおとなしくなったS病院入院の次女と一緒に次女の夫の家に引き取られていった。H病院に入った長女は初めは「宇宙人はニオイで分かる。ニオイに敏感なのは私だ」などと訴えていたが、1週間で収まって、「父に影響された。錯覚だった」と言い出したので彼女も1か月後に退院。K病院に入った父は、「宇宙人の話は自分の父から聞いた。でも先祖代々の土地が、近所の人に取られそうになっているのは間違いない」と信じ続けていたが、3か月後には問題行動もなくなり退院した。発端者(本物の妄想の源)が誰かは良く分からなかったが、僕は、本物の統合失調症者は父で、他の4人は父に影響された(フォリア・サンク)だろう、と信じていた。最近そこの保健所関係の人からのその後の話を聞けた。父は退院後も「近所は皆宇宙人」と言い続けてはいたが、トラブルはなく、今でも畑仕事もしているという。母は認知症で衰弱が進み5年前に特養へ入り、3年前に死亡。長男は近所とトラブルが絶えず、5年後「お腹の中に宇宙人がいる」と言いだしK病院に現在も入院中で保護室に入れられることも多いらしい。実質的に家の切り盛りをしていた長女が去年、再発しH病院に入院中とのこと。つまり僕は、母の認知症と長男の統合失調症を見逃していたことになるのである。でさらに僕は、当時の精神的健康度は、長男>母>次女>長女>父と判断していたが、結果的には次女>父>母>長女>長男であったようだ。なさけないね。