ボケない認知症患者

 I氏(現在70歳)に初めて会ったのは彼が52歳の時。「仕事に行かなくなって2年、何とかならないか」と訴える家族に、彼は言葉少なに「何にもやる気がしなくなった」と言っていた。HDS-R(認知症評価尺度)23点。仮面うつ病を疑ったが、初診後ドロップアウト。次に会ったのは57歳の時。「某大学で入院精査したが病名がつかず、抗うつ剤にも反応しない」とあちこちの病院を流浪中であった。HDS-R 22点。で、当院に入院したのが60歳の時で、HDS-R 20点。当時症例検討に来ていた認知症権威M Drは自信ありげに「いずれボケる」と言っていたが、去年末のHDS-Rは何と25点。自発的な行動は少なくなり、ベットに寝てることが多くなり、スタッフから見れば普通のアルツハイマーなのに、知能は低下せず、CTやMRIに変化なく、見当識も正常なのだ。20年に渡り、意欲(モチベーション)だけが非可逆的に低下し続けているのだ。20年ボケの進行しない認知症患者などいる訳がない…とすると、I氏の本体は一体何なのだ? 新年初めての診察に「明けましておめでとう」と言われて、不思議を通り越して恐怖を感じてしまった。彼は人間ではないのかも知れない。ツァトヴァ!!