人間の能力としての自殺

 僕の患者さんで、今年1番目の自殺者が出た。35歳男性で、高校生の頃から対人関係に悩んで精神科に通っていた人だ。挫折は何回もあったけど、最近は気分は安定し、仕事も出来ていたし、具体的な悩みが有ったようには思えない。月1度の外来に普段通りの診察を済ませた後の日曜日に、山中湖畔で飛び降りたのだという。遺書はなかったという。僕に何が出来たのか、出来なかったのか…。マスコミに出てくる精神科医は皆「自殺は予防可能です。気になったら精神科医に相談して下さい」と言うけれど、精神科医自殺を予防出来ている、というエビデンスは、実はない。僕は、自殺は、全ての人間に与えられている訳ではない特殊能力だと思っている。「死にたい」と思っても「死ねない」のが大半の人間であるが、それが可能な人がいるのだと思う。数年前に出た「自死という生き方」という本を書いて自殺をした須原一秀さんは、そんな特殊能力の持ち主であったんだろうと思うし、死ねなくて「死にたい老人」を書いた木谷恭介さんはその特殊能力を持っていなかったから餓死出来なかったんだろうと思う。人間のすることをすべてその素質に還元しても意味がない、と言われることが多いけど、そうとでも考えなきゃこっちの体が持ちませんよ。日本の自殺者1日平均83人…どうしても自殺したい人は、周りの人への迷惑を最小限にするように、せめて遺書は残しましょうよね。