ゾンビだ!

 随分前のことだけど、ある病棟のデイルームで患者さんと立ち話をしていると、突然Aさん(54歳男)が椅子から立ち上がって、両腕は前へならえの恰好をして手はだらんと下げて、凄い形相でゆっくりこっちへ歩いて来て、僕に向かって倒れてきた。彼が呼吸をしていなかったのでビックリしてそのまま抱きかかえて診察室に連れて来た時は既に心肺停止状態で瞳孔散大し光反射なし。焦って心肺蘇生術をしながら外科の先生を呼んで、その後2時間くらい頑張ったけど結局ダメでそのままご臨終となってしまった。その後は大変だったけど、暫くしてその外科の先生と話し合った時、Aさんの心臓は何時止まったのかが話題になった。彼が言うには、心停止後瞳孔に光反射がなくなるのに1,2分かかるらしいのだ。とすると、Aさんは心臓が止まってから立ちあがって僕に向かって歩いて来たことになるらしい。そして僕に抱えられた後も彼は歩き続けていたことには目撃者がいる。そう言えば彼の腕は冷たく妙に白っぽく、昔のジャッキーチェーンのカンフー映画に出てくるゾンビそっくりのポーズで迫ってきた、と思い返し、しばらくはそのポーズが脳裏から離れませんでした。今でも死亡確認するときに目の前の人が起きだして抱きついてくるんじゃないか、と怖くなることがあるのです。