まだある介護地獄

 認知症になった夫の父母の面倒を妻が一人で背負う苦痛を昔は介護地獄と言っていました。この地獄で妻は鬼と化した義父母に24時間ずっと苛まれることで、身体的な痛みを味わうだけでなく、精神的な苦痛や絶望感から妻はうつ病になるのでありますが、この「介護うつ」は介護を続ける限り治らないことが多いので、精神科医にとっても厄介な問題でありました。介護保険が出来て、家族はこの地獄から抜け出せたか、というと、どうもそうではないようなのであります。日本の介護保険は、被介護者(介護される側)への対応が精いっぱいで、介護する方への支援は「焼け石に水」なのでありまして、「介護うつ」は増えるばかりのようです。では、精神科医としてどう対応しているか、ですが、教科書的には、1.介護者の外来治療、2.介護者の入院治療、3.被介護者の入院(入所)で、先ず1.を始め、上手く行かないときは2.を試みて、それでダメなら3.という順番になるのでしょうが、実際には3.をしないと介護者の精神的な回復は見込めないことが多いのです。それでは被介護者が可哀そう、と思う人もけっこういるのですが、実際には、大半の被介護者も入院(入所)して良かった、と思うようになるのであります。問題は、入院(入所)にはお金がかかる、ということなのですが、本来介護というものは手数のかかるもので、「在宅のほうが安く済む」という考えは、家族のする介護という労働を不当に低く評価している、ということなのでありましょう。日本がお手本にしたドイツの介護保険は、家庭内の介護には相応の現金手当を給付しています。日本も、介護保険を始める時は、そのことは将来の検討事項であったはずなのですが、今もって検討する気配はないのが、残念です。現状は、「地獄の沙汰も金次第」でありまして、これは精神科医にはどうしようもないことですね。