保護室から出せないMさん

 Mさんは、もう2年も、夜間だけにしろ保護室から出せない状態が続いているのです。Mさんは頚椎症も併発しているので歩行困難で、車いすを使っているのですが、「夜中に誰かに何かされる」という妄想があって、夜中に目覚めた時、車いすで動き回って、「何かをした」犯人を探すのです。それで、たまたま突き当たった人を犯人と信じて喧嘩を始めたり、近くの部屋で寝ている人の首を絞めたりするので危なくて外へ出せないのです。時に昼間も、「お前俺に何をした!」と喧嘩を吹っ掛けることもあるのですが、昼間はスタッフの目も多いし、言われた患者さんは逃げちゃうので、重大なトラブルにならずに済むのです。そういう妄想の行動化(妄想に反応して行動を起こす)といった現象が彼の場合いつ起こるか分からないので、出せないのです。彼のような妄想は慢性の統合失調症の患者にはよくあるもので、でも大抵の人は行動化はしないもんなんだけど、何故か彼は2年経っても続いているのです。色々治療はしてるんだけど、治らないのです。本人も「何をされたにしろ証拠はない」と認めているし、「証拠がなければ妄想と思われる」ことも承知しているのに、それでも「顔を見ればそいつが犯人かどうか100%分かる」というし、首を締めることについても「俺は首を締められる以上に苦しんでいる」と平然と主張するのです。せめて、「何があっても、もう他患者の首は締めません」ぐらいのことを言って貰わないうちは出せないと僕は思っているのです。この前も、僕が「…締めません、と約束すれば出してあげるよ」と言ってみたけど、「やられればやり返すのが俺の流儀だ」と言うのです。
 その妄想以外は問題のない日常生活で、スタッフとの情緒的な交流も可能なので、「保護室から出してあげたい」という気持ちがスタッフからちょくちょく出てくるのですが、まだ当分隔離を続けざるを得ないと僕は判断するのです。人を閉じ込めるのは気分の良い事ではありませんが、それが僕の仕事なのだから仕方ないですね。割りの合わない仕事です。