ゲゲゲのポッチャンのこと

僕の患者で、僕が密かに“ゲゲゲのポッチャン”と名付けている人がいます。今、42歳で、長期入院の人で、自分は本当は、ゲゲゲの鬼太郎の子供で、鬼太郎の敵に捕らわれの身になっていると妄想していて(院長が敵の親玉で、僕はその子分)、ハリーポッターの映画は自分の若いころの話そのままで、ネズミ男(自分の偽の父親、ちなみに偽の母は猫娘)が原作者に自分の話を売ったに違いない、と妄想している人です。その人は、日常生活には全く問題がないんだけど、退院しては仕事に行けなくなり、親とケンカしては再入院することを繰り返しているうちに慢性化してしまい、病院内で自閉的な生活を続けている人です。その人は、他の患者の妄想のことは実に良く理解していて、病棟で今誰が具合が悪いかは、看護師に聞くより彼に聞いた方が良い位なのです。
 その彼が「世間の人には本当の事は分からないし、分かってもしょうがない」と言うのです。「誰が本当の事を言っているのか、何が本当の事なのか、それが世間の人に分るなら、世の中に戦争も起こらないだろうし、精神科病院に入院する人もいないだろう」と言うのです。そして、彼が入院するハメになったのは、「世間の人に真実を知らせよう」と、出来もしない企てを実行しようとしたから、にせものの神に仕組まれて入院になったのだそうである。彼が言うには、「世間を渡るコツ、世界平和のコツは、本当の事を言わないこと」であるらしい。彼はこれを生きる基本原則と信じているようであるが、僕もこれには全く賛成である。昔は確かに僕も患者に対して、「本当のことを言って下さい」と言っていたし、フロイトもそう言っていた。でも今は、患者に対し、“本当の事は言ってくれるなョ”と(面と向かっては言えないけれど)祈っているのであります。こころの諸問題を丸く収めるのが精神科医の仕事でありまして、例えば、ナザレのイエスの本当の父親は誰か、なんて問題は、敬して遠ざけるのが、真っ当な生き方と心得ますですね。