アブナイ臨床感覚

 あるうつ病の薬物治療の講演会で、若い(僕よりは)先生が「私の臨床感覚ではこの薬の有効率は8割くらい」と言っていて、パンフレットの有効率6割より自分の治療のほうが有効率が高い(つまり自分は名医!)と威張っていた(ように見えた)が、彼のこの8割は実は怪しいのである。僕も若いころ、うつ病治療の薬物有効率を自分の患者で調べてみたことがあり、その時の僕の臨床感覚でも8割ぐらいであった。ある時点で、大うつ状態(新型でないうつ病)で僕の外来に通院していた患者を対象にして調べると薬の有効率は確かに8割程度であったが、初診時大うつ状態で来院した患者を対象にすると6割位になっていて、学問的には後者の方が正解でしょう。考えて見れば当たり前で、もらった薬が効かなけりゃ他の薬に変えるなり、他の医者に行くなりしてしまう訳で、始めの医者に通院し続けているのは、その薬が効いたから残っているんですよね。だから残っている患者を対象にすれば薬の有効率は幾らでも上昇できることになるのは理の当然でしょう。薬の副作用も同様で、副作用が強くなるとその患者は薬を飲まなくなるので、医者は薬の副作用の出現率を低く見てしまうのです。昔、僕の先輩で、「この薬にはそんな副作用はない。ない副作用をあるように訴える患者は俺の所に来なくて良い」と公言してる人がいましたが、その臨床感覚が、ア・ブ・ナ・イんだよね。   錯覚です、その感覚